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第17回:財団法人日本宇宙フォーラム主任研究員 山中勉

地球人を育てるために(2)

『地球人としての視点が芽生えるまで』

wth_sis_17_2_01.jpg武藤 そもそも山中さんご自身が宇宙へ興味を持つようになったきっかけは何だったのですか?

山中 1969年のアポロ計画ですね。当時小学5年生だったのですが、アポロ11号の月面着陸の生中継を、かじりついてみていました。夏休みの自由研究として、新聞に掲載されたアポロ関連記事のスクラップブックを作ったのですが、それが担任の先生にすごくほめられたんです。「大変よくできました。これからも宇宙を社会に役立てて下さい」というコメントをいただいて、その時は意味がわからなかったけれど、いま思うと何かを示唆していたなぁと。

武藤 宇宙への思いは、子どもの頃からの筋金入りだったんですね。宇宙飛行士になりたいと思わず、エンジニアの道へと向かっていったことが、その後の人生を変えたんですね。

山中 不思議と宇宙に行きたいとはあまり思わなくて、どちらかというと、サターンロケットを開発したフォン・ブラウンのような人になりたいと思い、自然と航空エンジニアとかロケットエンジニアの道を目指していました。高校時代は物理部だったのですが、クラスの人気者がスポーツやバンドで青春を謳歌している中、こっちはお線香をたいて風洞実験をしたりしているわけですから、悶々としてましたよ(笑)。

武藤 (笑)。その後、日産自動車へ就職なさいますよね。エンジニアという意味では外れていないかと思いますが、宇宙からは離れてしまったのではないですか?

wth_sis_17_2_02.jpg山中 いえいえ、日産(現在のIHIエアロスペース)は、我が国の宇宙ロケットの本舗というか元祖なのです! だから入社したんです。日産の宇宙航空部門は、もともと、戦前の中島飛行機という会社が母体になっているのですが、それが富士精密工業、プリンス自動車と変遷していき、日産へと受け継がれていったんです。ただその部署は、ルノーの資本が入った2000年に、事業部ごと現在のIHIに売却されました。ゴーンさんが「選択と集中」ということで、自動車関連部署以外を整理したという面もありますが、その一方で、国産のロケット技術が外国資本の元になることをよしとしない、という判断も働いたのでしょうね。

武藤 そうだったんですか! 人生一貫して、ロケットの研究に携わってこられたわけですね。

山中 ええ。二度と設計できないような複雑なロケットを研究開発してました。ロケットの研究開発というのは、技術のブレークスルーが必ず求められます。挑戦とか冒険の連続です。これまでぼくが携わってきたプロジェクトも、日本初とか世界初といったものばかりなんですよ! まあ、今回の「地球人の心プロジェクト」は、人類初ですが(笑)。

wth_sis_17_2_03.jpg武藤 ずっと理系でやって来られた山中さんが、いま、詩や短歌を通じて人と宇宙をつなぐという、いわば文系的なお仕事に携わっていらっしゃるのはなぜですか?

山中 理系、文系にかかわりなく、地球に住み、この宇宙に出かけ、コトバを紡ぎ、交換してますよね。たとえば、数学の「線積分」というコトバと、詩の「手をつなぐ」というコトバは、一見すると違うコトバのようだけれど、よく考えてみると、どちらも同じような概念であることに気がつきます。このような対応関係(双対な関係)が生まれるのはどうしてなんだろう? 突き詰めていくと、宇宙とか地球とか人というコトバに行き着きます。実際、競馬の勝ち負けは、宇宙が持つ量子性によるのでは? という詩を寄せてくれた人もいます(笑)。宇宙や生命という土台で語り合うと、非対称性がスッと解消されるんです。これからの時代、「ものづくり」だけではなく、そういったマインドを持った人を育てる、つまりは「ひとづくり」も大切だなって思って、舵を切りましたね。いつかは宇宙人...他の星に発生した知的生命体かもしれないし、火星に移住した兄弟かもしれませんが...と対話する日も来るでしょうし。

武藤 21世紀になって、エネルギーとか食料とか環境とか、いろいろな課題が浮かびあがってきていますが、確かに、それらを解決に導くには、「地球人」的な視点が、欠かせないですからね。

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<プロフィール>

山中勉/YAMANAKA TSUTOMU
1958生まれ。天秤座。アポロ11号の月着陸がきかっけで、日本のロケット創りの元祖である日産自動車宇宙航空事業部(現在のIHIエアロスペース社)に入社。その後、日本の宇宙機関であるJAXAの主幹研究員(宇宙連詩作り)を経て、現在は、財団法人日本宇宙フォーラムの主任研究員(地球人の心ぷろじぇくとの推進)。この10年間は、国際宇宙ステーションを利用したコトバ紡ぎの発案、企画、推進に従事。アフリカのウガンダ共和国や、国際宇宙大学を含む、国内外の小・中・高・大・社会人学校等に出向き、コトバ紡ぎを実践中。今までに、40を超える国や地域の人々、約2万人からコトバを集め、6枚のディスクに収録して国際宇宙ステーションに打ち上げ保管。2011年には、その努力が認められ、宇宙飛行士の毛利衛氏とともに歴程特別賞を受賞。著書として『宇宙連詩』(共著)、『地球人の交換日記(1)みあげれば がれきの上に こいのぼり』(編著)がある。

 

武藤新二/MUTO SHINJI
株式会社電通 汐留イノベーションスタジオ チームリーダー/クリエーティブディレクター
1992年、広告会社電通に入社。クリエーティブディレクション、コミュニケーションプランニング・商品ブランド開発設計、ソーシャルデザイン、メディアコンテンツ企画制作など、仕事の領域は多岐に渡る。2010年7月、電通社内に「汐留イノベーションスタジオ」を立ち上げ、社内さまざまなセクションから集まったクリエーター、プランナーを率いる。

 

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